NAT障害の切り分け|変換テーブル・ACL・ルーティングの確認手順を図解

ネットワーク中級編 23/全50記事

この記事は、 「ネットワーク中級編|構築・検証・障害切り分けを身につける」 の第23回です。

NATの設定を眺めるだけではなく、パケットがどこまで進み、どの時点で変換されていないのかを確認して原因を絞り込みます。

NAT障害の切り分け|変換テーブル・ACL・ルーティングの確認手順を図解

NAT障害は、NAT設定そのものだけでなく、送信元が変換条件に一致していない、inside・outsideの指定がない、外向き経路がない、戻り通信が届かないなど、複数の原因で発生します。この記事では、変換前と変換後のパケットを追いながら、確認順序を体系的に整理します。

対象レベル Level 2・中級
想定読了時間 約25分
身につく成果 NAT障害を順序立てて切り分けられる
前提知識 NAT・NAPT、ルーティングの基礎
演習環境 Packet Tracer等を推奨

「インターネットへ出られないからNATが原因だ」と決めつけると、調査が遠回りになります。 NAT機器へパケットが到着していない場合や、外向きの経路がない場合は、変換テーブルを何度確認しても原因は見つかりません。

NAT障害では、変換前のパケットが届いたか、変換エントリーが作られたか、変換後のパケットが出ていったか、戻り通信が到着したかを順番に確認することが重要です。

この記事を読み終えるとできること

  • NAT通信の正常な往復を説明できる
  • inside・outsideと変換対象を確認できる
  • NAT変換テーブルの有無から原因を絞れる
  • ACL・経路・戻り通信まで含めて調査できる
  • Cisco IOS形式の確認コマンドを読み取れる
  • 調査結果を根拠とともに報告できる

NAT障害とは何か

最初に覚える考え方

NAT障害とは、通信に必要なアドレスまたはポートの変換が行われない、誤った内容で変換される、あるいは変換後の通信が正しく往復できない状態です。

NATは、プライベートIPアドレスをグローバルIPアドレスへ変換するためによく使われます。 ただし、NAT機器が行うのはアドレスやポートの書き換えです。通信を成立させるには、次の条件も必要です。

  • 端末からNAT機器までパケットが届く
  • NAT機器に宛先への経路がある
  • パケットがNATの変換条件に一致する
  • 変換後のパケットが外部へ送信される
  • 外部からの応答が変換後アドレスへ戻る
  • NAT機器が戻り通信を元の端末へ逆変換する
  • ACLやファイアウォールで通信が拒否されない

NAT設定だけを確認して終わらないことが重要です。

NATはルーティング、ACL、ファイアウォール、インターフェース、上位回線と連携して動作します。原因を切り分けるときは、通信経路全体を追います。

正常時のNAT通信を理解する

まず、社内PCから外部WebサーバーへHTTPS通信する例を確認します。 ここでは、複数端末が1つのグローバルIPアドレスを共有するNAPT、Cisco IOSの表現ではPATやoverloadと呼ばれる構成を想定します。

社内PCから外部Webサーバーへ通信する構成

Inside・社内側
💻 PC-A 192.168.10.50
送信元ポート 51514
🔁 NATルーター 内側:192.168.10.1
外側:203.0.113.10
Outside・外部側
🗄️ Webサーバー 198.51.100.20
TCP 443
変換前:192.168.10.50:51514 → 198.51.100.20:443
変換後:203.0.113.10:49152 → 198.51.100.20:443

NAT通信の往復

  1. PC-Aが外部Webサーバーへパケットを送る 送信元は 192.168.10.50:51514、宛先は 198.51.100.20:443 です。
  2. NATルーターが変換対象か判定する 送信元アドレス、受信インターフェース、NATルールなどを確認し、対象通信であれば変換エントリーを作成します。
  3. 送信元アドレスとポートを書き換える 送信元を 203.0.113.10:49152 へ変換し、外部へ転送します。
  4. Webサーバーが変換後アドレスへ応答する 宛先は 203.0.113.10:49152 です。外部サーバーは社内PCのプライベートIPアドレスを知りません。
  5. NATルーターが戻り通信を逆変換する 変換テーブルを参照し、宛先を 192.168.10.50:51514 へ戻してPC-Aへ転送します。
1.社内側で観測
送信元
192.168.10.50:51514
宛先
198.51.100.20:443
2.NATテーブル
Inside local
192.168.10.50:51514
Inside global
203.0.113.10:49152
3.外部側で観測
送信元
203.0.113.10:49152
宛先
198.51.100.20:443

NAT用語の整理

用語 今回の値 意味
Inside local 192.168.10.50:51514 社内側で使われている変換前の送信元情報
Inside global 203.0.113.10:49152 外部側から見える変換後の送信元情報
Outside local 198.51.100.20:443 内部から見た外部ホストの情報。通常はOutside globalと同じ
Outside global 198.51.100.20:443 外部ネットワーク上で実際に使われる外部ホストの情報

本記事の通信処理順は、障害切り分けのための概念図です。実際の機器内部では、NAT、ルーティング、ACL、VPN、ポリシー処理の順序が製品や方向によって異なる場合があります。

症状から確認箇所を絞る

NAT障害では、影響範囲を確認すると原因候補を早く減らせます。 「通信できない」という一言だけで調査を始めず、誰が、どこへ、どの通信を行えないのかを整理します。

全端末で外部通信不可

共通部分を優先

外側インターフェース、デフォルトルート、NATルール、グローバルIP、上位回線を確認します。

特定サブネットだけ不可

変換対象の条件を確認

NAT用ACLやアドレスオブジェクトに、対象サブネットが含まれているか確認します。

特定端末だけ不可

端末からNAT機器までを確認

IP設定、デフォルトゲートウェイ、端末側ファイアウォール、個別の除外ルールを確認します。

一部サービスだけ不可

ポート・ポリシーを確認

TCP/UDPポート、ACL、ファイアウォールポリシー、宛先サービスの稼働状態を確認します。

断続的に失敗

資源不足を疑う

NATプール、PATポート、セッション数、CPU・メモリー、タイムアウトを確認します。

外部から内部へ接続不可

静的NATと許可設定を確認

ポートフォワーディング、外部ACL、サーバーの待ち受け、戻り経路を確認します。

「いつから発生したか」も重要です。

NAT設定変更、回線切り替え、外側IPアドレス変更、ACL変更、VPN追加の直後であれば、変更差分を優先して確認します。

調査前に整理する情報

コマンドを実行する前に、期待する通信を1本に絞ります。調査対象が曖昧なままでは、変換テーブルに多数のエントリーが表示されても、どれを確認すべきか判断できません。

送信元

  • 端末名
  • 送信元IPアドレス
  • 所属VLAN・サブネット
  • デフォルトゲートウェイ

宛先

  • 宛先FQDN
  • 名前解決後のIPアドレス
  • TCPまたはUDP
  • 宛先ポート番号

期待する変換

  • 変換前アドレス
  • 変換後アドレスまたはプール
  • 動的NAT・PAT・静的NATのどれか
  • NAT除外の対象か

影響と時刻

  • 発生日時
  • 常時か断続的か
  • 影響する端末数
  • 直前の変更作業

検証通信は、送信元と宛先を固定して行います。

例:192.168.10.50 から 198.51.100.20 のTCP 443へ接続する。これにより、NATルール、テーブル、パケットキャプチャーを同じ通信で照合できます。

NAT障害の確認順序

次の順序で確認すると、NATより前の問題、NAT変換の問題、NATより後の問題を分けられます。

  1. 端末からNAT機器まで到達できるか 端末のIPアドレス、サブネットマスク、デフォルトゲートウェイを確認し、ゲートウェイへpingします。ここで失敗する場合は、NATより手前の問題です。
  2. NAT機器のインターフェースが正常か 内側・外側インターフェースがup/upか、想定したIPアドレスか、受信カウンターが増えるかを確認します。
  3. 宛先へのルートがあるか デフォルトルートまたは個別経路を確認します。NATで送信元を書き換えても、宛先へ転送する経路がなければ通信できません。
  4. inside・outsideの指定が正しいか 社内側に ip nat inside、外部側に ip nat outside が設定されているか確認します。
  5. 通信がNATルールへ一致するか NAT用ACLやアドレスオブジェクトに、実際の送信元アドレスが含まれているか、ルール順序や除外条件に問題がないか確認します。
  6. 新しい通信を発生させ、変換エントリーを確認する 動的NATやPATは通信開始時にエントリーを作ります。対象端末から通信させながら変換テーブルと統計を確認します。
  7. 変換後のパケットが外部へ出ているか 外側インターフェースのパケットキャプチャーやカウンターで、送信元が変換後アドレスになっているか確認します。
  8. 戻り通信がNAT機器へ届いているか 応答がない場合は、上位回線、外部ACL、宛先サーバー、変換後アドレスへの経路を確認します。
  9. 戻り通信が逆変換され、端末へ届くか 外側で応答を確認できるのに内側へ出てこない場合は、NATセッション、ファイアウォール状態、ポリシー、非対称経路を確認します。
  10. 資源不足と古いエントリーを確認する 新規通信だけ失敗する場合は、NATプール枯渇、PATポート枯渇、セッション上限、古い変換エントリーを確認します。

確認結果から判断する

NATテーブルなし
送信元通信が届かない、inside指定がない、NAT条件へ一致しない可能性
NATより前を確認
NATテーブルあり
変換条件には一致している。外向き経路、外部ACL、宛先、戻り通信を確認
NATより後を確認
外側で送信を確認
変換後パケットは外部へ出ている。応答が戻らない原因を外部側で調査
上位・宛先を確認
外側で応答あり
戻り通信はNAT機器へ到達している。逆変換、状態管理、内向き転送を確認
機器内部を確認

Cisco IOS形式の確認コマンド

以下はCisco IOS/IOS XE形式の代表例です。コマンド、表示項目、パケット処理順は機種・OS・機能構成によって異なります。本番機器では、対象製品の公式ドキュメントと運用手順を確認してください。

正常構成の例

動的PAT(overload)の設定例
interface GigabitEthernet0/0
 description INSIDE_LAN
 ip address 192.168.10.1 255.255.255.0
 ip nat inside
!
interface GigabitEthernet0/1
 description OUTSIDE_WAN
 ip address 203.0.113.10 255.255.255.252
 ip nat outside
!
ip access-list standard NAT_INSIDE
 permit 192.168.10.0 0.0.0.255
!
ip nat inside source list NAT_INSIDE interface GigabitEthernet0/1 overload
!
ip route 0.0.0.0 0.0.0.0 203.0.113.9

show ip interface brief

インターフェースの状態とIPアドレスを確認します。内側・外側がup/upであることを確認します。

show ip route 宛先IP

宛先に対して選択される経路と出力インターフェースを確認します。

show running-config | section ip nat

NATルール、静的NAT、プール、overload設定を確認します。

show access-lists

NAT対象を選ぶACLの内容とヒットカウントを確認します。

show ip nat translations

変換前後のアドレス、ポート、外部宛先を確認します。

show ip nat statistics

inside・outside、ヒット・ミス、動的マッピング、プール使用状況を確認します。

1.インターフェースを確認する

インターフェース状態
R1# show ip interface brief
Interface              IP-Address      OK? Method Status                Protocol
GigabitEthernet0/0     192.168.10.1    YES manual up                    up
GigabitEthernet0/1     203.0.113.10    YES manual up                    up
読み取りポイント
  • 内側と外側の両方が up/up
  • 想定したIPアドレスが設定されているか
  • 外側IPアドレスが変更されたままNAT設定が古くないか

2.宛先経路を確認する

外部Webサーバーへの経路
R1# show ip route 198.51.100.20
Routing entry for 0.0.0.0/0
  Known via "static", distance 1, metric 0
  Routing Descriptor Blocks:
  * 203.0.113.9
      Route metric is 0, traffic share count is 1
読み取りポイント
  • 宛先に一致する経路があるか
  • ネクストホップが正しいか
  • 想定した外側インターフェースへ出るか

3.inside・outsideを確認する

NAT方向の確認
R1# show running-config interface GigabitEthernet0/0
interface GigabitEthernet0/0
 ip address 192.168.10.1 255.255.255.0
 ip nat inside

R1# show running-config interface GigabitEthernet0/1
interface GigabitEthernet0/1
 ip address 203.0.113.10 255.255.255.252
 ip nat outside

inside・outsideが逆になっている、片方だけ設定されている、サブインターフェースやSVIに設定すべきところを物理インターフェースへ設定している、といったミスに注意します。

4.変換対象ACLを確認する

NAT用ACLの確認
R1# show access-lists NAT_INSIDE
Standard IP access list NAT_INSIDE
    10 permit 192.168.10.0, wildcard bits 0.0.0.255 (24 matches)
読み取りポイント
  • 対象端末 192.168.10.50 がpermit条件に含まれるか
  • ワイルドカードマスクが正しいか
  • 検証通信を行ったときヒットカウントが増えるか
  • NAT除外やroute-mapが先に一致していないか

Cisco IOSの典型的なNAT設定で参照するACLは、主に「どの通信を変換対象にするか」を選ぶために使われます。ACLの deny は、必ずしもパケット破棄を意味せず、「そのNATルールでは変換しない」という扱いになる構成があります。

5.変換テーブルを確認する

通信中の変換エントリー
R1# show ip nat translations
Pro  Inside global         Inside local          Outside local         Outside global
tcp  203.0.113.10:49152    192.168.10.50:51514   198.51.100.20:443    198.51.100.20:443
読み取りポイント
  • 対象端末のInside localが表示されているか
  • 期待したInside globalへ変換されているか
  • プロトコルと宛先ポートが検証通信と一致するか
  • 別のNATルールで想定外アドレスへ変換されていないか

6.NAT統計を確認する

NAT統計の出力例
R1# show ip nat statistics
Total active translations: 1 (0 static, 1 dynamic; 1 extended)
Outside interfaces:
  GigabitEthernet0/1
Inside interfaces:
  GigabitEthernet0/0
Hits: 18  Misses: 2
Expired translations: 4
Dynamic mappings:
-- Inside Source
[Id: 1] access-list NAT_INSIDE interface GigabitEthernet0/1 refcount 1
読み取りポイント
  • inside・outsideインターフェースが想定どおりか
  • 動的マッピングに正しいACLと外側インターフェースが表示されるか
  • 通信中にHitsが増えるか
  • プールを使う構成では割り当て済み数と残数を確認する

デバッグとエントリー削除の注意点

代表的な操作例
R1# debug ip nat
R1# undebug all

R1# clear ip nat translation *

debug ip nat は通信量が多い機器で大量出力や高負荷を招く可能性があります。clear ip nat translation * は既存通信へ影響する可能性があります。本番環境では、対象通信を絞る、メンテナンス時間を確保する、承認を得るなどの手順を守ってください。

変換テーブルの読み方

変換テーブルが表示されたからといって、通信が成功しているとは限りません。 変換エントリーは「NAT条件へ一致し、変換情報が作られた」ことを示します。外部へ到達したことや応答が戻ったことは、別途確認が必要です。

変換テーブルの状態 分かること 次に確認すること
対象エントリーがない 通信未発生、NAT機器へ未到達、条件不一致の可能性 端末、受信IF、inside指定、NAT用ACL
対象エントリーがある NATルールへ一致し変換情報が作られた 外側送信、外部ACL、宛先、戻り通信
想定外のInside global 別ルール、別プール、ルール順序の影響 NATルール全体、route-map、ポリシーNAT
同じ通信の古い情報が残る 設定変更前のセッションが継続している可能性 影響確認後に対象エントリーを削除して再試験
新規エントリーが作れない プール・PATポート・セッションの枯渇可能性 統計、ログ、上限、タイムアウト

ルーター自身から実行したpingだけでNATを判断しないでください。

ルーター自身が生成したパケットは、社内側端末から受信したパケットと処理条件が異なり、同じNATルールへ一致しない場合があります。実際の変換対象端末から通信を発生させて確認します。

パケットキャプチャーで確認する

変換テーブルだけで判断できない場合は、NAT機器の内側と外側で同じ通信を観測します。 送信元アドレスとポートがどこで変わるかを比較すると、NATの前後を明確に分けられます。

観測場所 送信方向で期待するパケット 応答方向で期待するパケット
内側インターフェース 192.168.10.50:51514 → 198.51.100.20:443 198.51.100.20:443 → 192.168.10.50:51514
外側インターフェース 203.0.113.10:49152 → 198.51.100.20:443 198.51.100.20:443 → 203.0.113.10:49152

観測結果ごとの判断

内側に送信パケットがない

端末、VLAN、ゲートウェイ、ルーティングなど、NAT機器より前を確認します。

内側にはあるが外側にない

NAT条件、外向き経路、ACL、ファイアウォールポリシー、機器内部の破棄を確認します。

外側へ出るが応答がない

上位ルータ、回線、外部フィルタ、宛先サーバー、外部サービスを確認します。

外側に応答があるが内側にない

逆変換、状態管理、非対称ルーティング、内部ACL、端末までの経路を確認します。

TCP通信では、SYNだけでなくSYN/ACKが返っているかを確認します。ICMP pingが通ることは、TCP 443やUDP 53が通ることを保証しません。

NAT障害でよくある原因

1

NAT用ACLの対象漏れ

新しいVLANやサブネットを追加したのに、NAT用ACLへ追加していないケースです。特定サブネットだけ外部通信できない症状になります。

2

ワイルドカードマスクの誤り

0.0.0.255 とすべきところを別の値にし、対象範囲が狭すぎる、または広すぎる状態です。

3

inside・outsideの設定漏れ

インターフェース変更や回線切り替え後に、NAT方向の指定を移し忘れるケースです。

4

外側IPアドレスの変更

回線変更後も古いグローバルIPアドレス、NATプール、静的NATを使用しているケースです。

5

外向きルートの欠落

デフォルトルートの削除、誤ったネクストホップ、経路切り替え失敗により外部へ転送できません。

6

戻り経路がない

外部側が変換後グローバルIPアドレスへの経路を持たない、または別回線へ返してしまうケースです。

7

ACL・ファイアウォールで拒否

NATは成功していても、外向きまたは戻り通信がセキュリティポリシーで拒否される場合があります。

8

ルール順序とNAT除外

VPN向けのNAT除外、ポリシーNAT、静的NATなどが先に一致し、想定ルールへ到達しないケースです。

9

NATプール・PATポート枯渇

既存通信は続くのに新規通信だけ失敗する、ピーク時間帯だけ発生する場合に疑います。

10

古い変換エントリー

設定変更後も既存セッションが古い変換を使用し続け、再試験結果が変わらないことがあります。

11

ヘアピンNATの未対応・設定不足

内部端末から内部サーバーの公開IPアドレスへ接続するとき、同一機器で折り返すNATが必要になる場合があります。

12

非対称ルーティング

送信と応答が異なるNAT機器を通り、戻り側に変換セッションが存在しないケースです。

NAT障害でよくある勘違いと注意点

変換テーブルが空なら必ず設定ミス

動的NATやPATでは、通信が発生していないとエントリーが表示されないことがあります。対象端末から新しい通信を発生させながら確認します。

NATエントリーがあれば通信成功

NAT条件へ一致したことは分かりますが、外部到達や戻り通信までは保証しません。外側キャプチャーや応答パケットを確認します。

NATを設定すれば外部から内部へ接続できる

外部から開始する通信には、静的NATやポートフォワーディングだけでなく、外部ACL、ファイアウォールポリシー、サーバーの待ち受け、戻り経路が必要です。

ルーターからpingできれば端末も通信できる

ルーター自身が生成する通信と、insideから受信してNATする通信は条件が異なります。必ず実際の端末から検証します。

pingが通ればアプリケーションも正常

ICMPとTCP・UDPは別の通信です。HTTPSならTCP 443、DNSならUDP/TCP 53など、実際のプロトコルとポートで確認します。

NATの前・変換・NATの後・戻りを分けて確認する

パケットを区間ごとに追い、どの段階まで正常かを明確にすることが、最短の切り分けにつながります。

障害報告のまとめ方

調査結果は、「NATが悪かった」だけではなく、確認した事実と判断根拠を分けて報告します。 次の例では、新しく追加したサブネットがNAT用ACLへ含まれていなかったケースをまとめています。

NAT障害の調査報告例
事象 営業部VLANの端末から外部WebサイトへHTTPS接続できない。
影響範囲 192.168.10.0/24の端末。既存の192.168.20.0/24は正常。
確認結果 端末からデフォルトゲートウェイまで疎通可能。NAT機器にデフォルトルートあり。対象通信のNAT変換エントリーは作成されず、NAT用ACLのヒットカウントも増加しなかった。
原因 NAT用ACLが192.168.20.0/24のみをpermitしており、192.168.10.0/24が変換対象に含まれていなかった。
対応 NAT用ACLへ192.168.10.0/24を追加し、新規通信で変換エントリーとHTTPS接続を確認した。
再発防止 VLAN追加手順へNAT・ACL・監視・試験項目の更新確認を追加する。

報告では「観測事実」と「推測」を分けます。

「変換テーブルがない」は事実です。「ACL漏れが原因」は設定とヒットカウントを照合して確定した判断です。原因確定前は「可能性」として表現します。

英語ログ・検索キーワード

海外ベンダーのドキュメントやログを調べるときは、次の表現を使うと関連情報を見つけやすくなります。

NAT translation entry

NAT変換エントリー

inside local / inside global

変換前/変換後の内部アドレス

NAT pool exhausted

NATプールが枯渇した

port exhaustion

PATで利用可能なポートが不足した

NAT exemption

NAT除外。VPN通信などを変換しない設定

asymmetric routing

往路と復路が異なる非対称ルーティング

translation not created

変換エントリーが作成されない

return traffic not received

戻り通信を受信していない

検索例:Cisco NAT translation not created ACL hit countPAT port exhaustion troubleshootingNAT return traffic asymmetric routing

理解度チェック

記事の内容を確認するため、次の5問に答えてください。解答を見る前に、確認順序を自分で考えてみましょう。

問題1.対象端末から通信を発生させてもNAT変換テーブルにエントリーが作られません。最初に確認すべき内容として適切なものを2つ選んでください。

  1. 端末からNAT機器までパケットが届いているか
  2. NAT用ACLに送信元が含まれているか
  3. 外部Webサーバーの証明書期限
  4. 外部サーバーのディスク使用率
解答を見る
正解:A、B

変換エントリーが作られない場合は、NAT機器へ未到達、inside指定漏れ、NAT条件不一致などを優先して確認します。

問題2.NAT変換テーブルに対象エントリーが表示されています。この事実から確実に分かることはどれですか。

  1. 外部サーバーまで通信が到達した
  2. 戻り通信が端末まで届いた
  3. NAT条件へ一致し、変換情報が作られた
  4. ACLやファイアウォールで許可された
解答を見る
正解:C

変換エントリーだけでは、外部到達や応答受信までは判断できません。

問題3.外側インターフェースで変換後の送信パケットを確認できましたが、応答パケットがありません。次に確認すべき場所はどこですか。

解答を見る

上位ルータ、外部回線、外部ACL、宛先サーバー、変換後グローバルIPへの戻り経路を確認します。少なくとも、NAT機器から変換後パケットが出たところまでは正常です。

問題4.既存通信は継続していますが、利用者が増える時間帯だけ新規通信が失敗します。疑うべき原因を2つ挙げてください。

解答を見る

NATプール枯渇、PATポート枯渇、セッション上限、機器資源不足などが候補です。統計、ログ、同時セッション数を確認します。

問題5.ルーター自身から外部へpingできました。この結果だけで、社内端末のNATが正常と判断できますか。

解答を見る
正解:判断できません。

ルーター自身が生成した通信は、insideから受信した端末通信と同じNAT条件を通らない場合があります。実際の変換対象端末から検証します。

実践演習:NAT変換エントリーが作られない原因を特定する

次の構成で、PC-Aから外部WebサーバーのTCP 443へ接続できません。 既存の別サブネットからは外部通信できます。コマンド出力から原因と対応を考えてください。

演習構成

新規VLAN 10
💻 PC-A 192.168.10.50/24
GW 192.168.10.1
🔁 R1 G0/0 inside
G0/1 outside
外部ネットワーク
🗄️ Webサーバー 198.51.100.20
TCP 443

確認結果

端末とルータの確認
PC-A> ping 192.168.10.1
Success rate is 100 percent

R1# show ip route 198.51.100.20
Routing entry for 0.0.0.0/0
  * 203.0.113.9
NAT設定
R1# show running-config | include ip nat|access-list
ip nat inside source list NAT_INSIDE interface GigabitEthernet0/1 overload

R1# show access-lists NAT_INSIDE
Standard IP access list NAT_INSIDE
    10 permit 192.168.20.0, wildcard bits 0.0.0.255 (36 matches)
PC-Aから接続試験後
R1# show ip nat translations | include 192.168.10.50
R1#

R1# show access-lists NAT_INSIDE
Standard IP access list NAT_INSIDE
    10 permit 192.168.20.0, wildcard bits 0.0.0.255 (36 matches)

課題1.どこまで正常ですか

端末からゲートウェイまで:__________
R1の外向き経路:__________
NAT変換エントリー:__________

課題2.最も可能性が高い原因は何ですか

原因:__________________________

課題3.修正案と確認項目を書いてください

修正案:_________________________
修正後の確認:______________________
演習の解答例を見る

課題1

  • PC-Aからデフォルトゲートウェイまでは正常
  • R1には外部宛先へ利用できるデフォルトルートがある
  • PC-AのNAT変換エントリーは作られていない

課題2

NAT用ACLは 192.168.20.0/24 のみをpermitしており、PC-Aが所属する 192.168.10.0/24 が変換対象に含まれていません。ACLヒットカウントもPC-Aの試験で増えていないため、変換条件不一致が最も可能性の高い原因です。

課題3

修正例
ip access-list standard NAT_INSIDE
 permit 192.168.10.0 0.0.0.255

修正後はPC-Aから新規HTTPS通信を行い、ACLヒットカウント、show ip nat translations、外側での変換後パケット、TCP接続成功を確認します。

自分の言葉で説明する課題

利用者から「NATが壊れていると思います」と連絡を受けました。原因を決めつけずに、どの順番で確認するかを60秒程度で説明してください。

まず、________________________________________。
説明例を見る

まず端末からNAT機器まで通信が届くかと、NAT機器に外向きの経路があるかを確認します。次に、inside・outsideの指定とNAT用ACLを確認し、対象端末から新しい通信を発生させて変換テーブルが作られるかを見ます。エントリーが作られる場合は、外側へ変換後パケットが出ているか、応答が戻るか、戻り通信が逆変換されて端末へ届くかを順番に確認します。

まとめ

  • NAT障害は、変換設定だけでなく、到達性、経路、ACL、戻り通信を含めて切り分ける
  • 最初に送信元、宛先、プロトコル、ポート、期待する変換内容を固定する
  • 変換テーブルがない場合は、NAT機器への未到達、inside指定、変換条件を確認する
  • 変換テーブルがある場合は、外向き転送、外部ACL、宛先、戻り経路を確認する
  • 内側と外側のパケットを比較すると、変換前後を明確に分けられる
  • NATエントリーの存在だけでは通信成功を証明できない
  • 既存通信だけ正常で新規通信が失敗する場合は、プール・ポート・セッション枯渇を疑う
  • 調査結果は、事象、影響範囲、確認事実、原因、対応、再発防止に分けて報告する

NAT障害の切り分けでは、「パケットがNATの前まで届いたか」「正しく変換されたか」「NATの後へ出たか」「戻って逆変換されたか」の4段階で考えると、原因を整理しやすくなります。

次の記事:ACLの基本

NATの変換対象を選ぶためにも、通信を許可・拒否するためにもACLが使われます。 次の記事では、送信元・宛先・プロトコル・ポートを条件に通信を制御するACLの基本と、適用方向、暗黙のdeny、確認コマンドを解説します。

ネットワーク中級編 23/全50記事

中級編では、スイッチング、ルーティング、ネットワークサービス、セキュリティ、パケット解析、障害切り分けを、構成例と確認コマンドを使って順番に学びます。

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